一筆啓上

墨汁一滴

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日がな一日たまを追いかけて
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ヨハネ第20章11-18 - 陽子

2018/08/12 (Sun) 17:26:13

  Jesus Appears to Mary Magdalene (Matthew 28.9,10)
11 Mary stood crying outside the tomb. While she was still crying, she bent over and looked in the tomb
12 and saw two angels dressed in white, sitting where the body of Jesus had been, one at the head and the other at the feet.
13 “Woman, why are you crying?” they asked her.
  She answered, “They have taken my Lord away, and I do not know where they have put him!”
14 Then she turned around and saw Jesus standing there; but she did know that it was Jesus.
15 “Woman, why are you crying?” Jesus asked her. “Who is that you are looking for?”
  She thought he was the gardener, so she said to him, “If you took him away, sir, tell me where you have put him, and I will go and get him.”
16 Jesus said to her, “Mary!”
  She turned toward him and said in Hebrew, “Rabboni!” (This mean “Teacher.”)
17 Do not hold on to me,” Jesus told her, “because I have not yet gone back up to the Father. But go to my brothers and tell them that I am returning to him who is my Father and their Father, my God and their God.”
18 So Mary Magdalene went and told the disciples that she had seen the Lord and related to them what he had told her.



 マグダラのマリアは、イエスが十字架につけられるのに立ち会い、イエスの遺体を埋葬し、復活したイエスに最初に会うことになるわねー。他の人たちが自分の家に帰ってしまた後も、ずっと、墓のそばに居たのかもしれないわねー。

 この福音書の筆者のヨハネは、第10章の『「羊の囲い」のたとえ』に、「門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す」と書いていたけれど、マグダラのマリアがその最初の羊になるわね。

 ヨハネは、マリアが復活したイエスと会う様子を書いているけれど、これは、マリアの心の変化のことの様に思えるわ。
 イエスは神の所へ上って行くのだから、いつまでもイエスにすがりついていてはいけないと思った時に、イエスが自分の名を呼ぶ声が聞こえてきたのではないかしら?

 論語に、「七十而従心所欲、不踰矩」という言葉があるけれど、マリアは、もう、イエスなら何と言うかを一々考えながら暮らしていてはならない、自分が思う通りに暮らしていけば、万が一誤るようなことがあれば、イエスが導いてくれると思ったのではないかしら?

 自然と行なう行為に自分の最良の面が出るようになれば、幸せね。


墨汁一滴201808TA 聖書拾い読み イエス、マグダラのマリアに現れる ヨハネ第20章11-18

Re: ヨハネ第20章11-18 - 陽子

2018/08/13 (Mon) 18:28:04


 そうねー、自分では絵を描いているつもりでも、単に、塗り絵に色を付けているに過ぎないということがあるかもしれないわねー。自分で考えているつもりが、そう考えさせられているということね。

 一体誰がそう考えているのか? 自分が考えているのでなければ、私は、員数としての存在になってしまう。それは、私でなくてもよいということになるわね。


余滴201808TA Re:ヨハネ第20章11-18

Re: ヨハネ第20章11-18 - しげとし

2018/08/13 (Mon) 07:13:56


 論語にある「七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず」だけれど、ここにいう「矩(のり)」とは一体何なのか?

 「無為自然」をいう老子や荘子は、それは、ただ単に、世間が僕たちにそうあらねばならないと強要しているものに過ぎないのではないかと言っているようにも思う。

 僕たちはその緊張関係の中になければならないのだと思う。確かに、他のものに身を委ねてしまうことは、この緊張関係から逃れてしまうことになるかもしれないね。


余滴201808TA Re:ヨハネ第20章11-18

Re: ヨハネ第20章11-18 - ひろおか

2018/08/12 (Sun) 21:17:45


 イエスが病気を治してやったり、死から生き返らせたりしたのは、自分が無条件に信頼された時だったことからすると、陽子さんの推量はあたっているように思う。

 考えれば全てのことが分かる訳でもないし、考えれば全てのことに良い解決策が見つかる訳でもないね。そうであれば、誰かに見守られているとか、誰かの下にあるとかの確信があれば、心の平穏を保つことができると思う。
 しかし、どうだろう? それは、思考停止に繋がって行きはしないだろうか?

 僕たちはそう簡単に、自分の身を他のものに委ねてはならないのだと思う。

余滴201808TA Re:ヨハネ第20章11-18

万葉集66-69番 大伴の - しげとし

2018/08/11 (Sat) 00:05:13


  太上(持統)天皇難波ノ宮行幸の時の歌
66:
大伴(おほとも)の高師(たかし)の浜の松が根を枕(ま)きてしぬれど、家し偲ばゆ [置始(おきそめ)ノ東人(あずまびと)]

大伴の郷の高師の浜の景色は、非常にいい。その景色のいい処の松の根を、枕にして寝ているけれども、なお、家のことが思われてならぬ。

67:
旅にしてもの恋(こほ)しきに、家言(いへごと)も聞えざりせば恋ひて死なまし [高安(たかやす)ノ大島(おおしま)]

旅に出ていて、故郷のことが気にかかる時分に、家からのたよりが来た。もしこんな時に、家からの消息さえも聞えて来なかったなら、何の慰めることもなく、ひたすら恋しさに、焦れ死んでしまうことであろう。

68:
大伴の三津(みつ)の浜なる忘れ貝、家なる妹(いも)を忘れておもへや [身人部(みとべ)ノ王(おおきみ)]

大伴の三津の浜辺には、物忘れをするという忘れ貝があるが、家にいる恋しい人を、どうしても思い忘れることがあるものか。

69:
くさまくら旅ゆく君と知らませば、岸の埴原(はにふ)に匂はさましを [住江(すみのえ)ノ処女(おとめ)、長ノ皇子に献った歌]

旅にお出かけになるあなただ、とわかっていましたら、お著物(きもの)を住吉の岸の赤土原の土で摺(す)って、色づけを致して置きましたものを。



 万葉集を読んでいて不思議に思うのは、この時代の人たちは、旅に出かけた時に、何故故郷をこうも懐かしがるかということです。僕たちが旅に出かけるのは、非日常の時間を過ごすためですから、もし歌を作るようなことがあるとすれば、旅先でのことです。
 いくら旅が行幸の御供という仕事であるとしても、やはり、非日常の時間のように思えるのですが?

 さて、8月といえば、原爆が投下された広島と長崎に心が行くのですが、同じ時代を生きる人たちに感じる不思議もあります。

 今年の長崎平和祈念式典には国連事務総長のアントニオ・グテーレスさんが出席して演説を行いましたが、その演説の中にこうありました。

核保有国は、核兵器の近代化に巨額の資金をつぎ込んでいます。2017年には、1兆7000億ドル以上のお金が、武器や軍隊のために使われました。これは冷戦終了後、最高の水準です。世界中の人道援助に必要な金額のおよそ80倍にあたります。

States in possession of nuclear weapons are spending vast sums to modernize their arsenals. More than $1.7 trillion dollars was spent in 2017 on arms and armies – the highest level since the end of the Cold War. That is around 80 times the amount needed for global humanitarian aid.

 僕たちは、世界中の人道援助に必要な金額のおよそ80倍ものお金を軍事費に使っているのです。
 遠くない日に、この時代の人たちは何と馬鹿げたことをしていたのかと不思議に思うようにしなければならないと考えるのは、一人だけでしょうか?

 安倍晋三首相は何の躊躇することもなく、我が国の安全保障のための「米国の核の傘」と言いますが、これは憲法第9条の2項がいう「その他の戦力」にあたります。僕たちは、文章の意味を読み取ることさえできない者を首相にしてしまいました。

 そのような国民だからでしょう、首相が幾度となく、「国民がよく分かるように説明する」と言いながら、何の説明をしなくても、政権の座に居続けることができています。

 防衛予算の来年度概算要求が、過去最大の約5兆4千億円に上る見通しになったと報道されていますが、これを聞いても、もう、驚いたり、怒りを覚えたりする人は少なくなってしまったのでしょうか?


 異常な事もそれを常に聞かされていると、それが普通の事として感じるようになってしまいます。僕たちは、それに慣らされてしまってはなりません。

 『ヨハネ第20章1-10』への返信にあったように、季節は8月です。僕たちの国が何処へ向かって進もうとしているのかを考えるのによい時です。
 「戦争をする国」に向かっているのであれば、それは、「命を大切にしない国」に向かっていると考えて間違いありません。


墨汁一滴201808TA 口訳万葉集66-69番 大伴の

荘子 馬蹄篇 第9の1-(2/4) - ひろおか

2018/08/09 (Thu) 05:30:42

荘子 馬蹄篇 第9の1-(2/4)

「訓読」
 吾れ意(おも)うに、善(よ)く天下を治むる者は、然(しか)らず。彼(か)の民には、常性あり。織りて衣(き)、耕(たがや)して食(くら)う。是れを同徳(どうとく)と謂(い)う。
 一にして党(とう)せず、命じて天放(てんぽう)と曰う。故に至徳(しとく)の世は、其の行は塡塡(てんてん)たり、其の視(し)は塡塡(てんてん)たり。
 是の時に当(あ)たりてや、山には蹊隧(けいすい)なく、沢には船梁(しゅうりょう)なし。万物は群生して其の郷(きょう)に連属し、禽獣(きんじゅう)は群を成し、草木は遂長(すいちょう)す。
 是の故に禽獣も係羈(けいき)して遊ぶべく、鳥鵲(ちょうじゃく)の巣も攀援(はんえん)して闚(うかが)うべし。

「訳文」
 私は思うのだが、うまく世界を治めるものはそんなことはしない。あの民衆には一定した本来の生まれつきがあって、[自由に]織りものをしてはそれを着、耕作をしてはそれを食べている。それを同徳(―――すなわち万人のひとしい持ちまえ)というのだ。

 そうして、そうした一つの立場を守って人為のかたよりがないのを天放(―――すなわち自然にまかせること)と名づけるのだ。そこで、最高の得が行われた世では、[民衆にあくせく余計なことをさせないから、]人々の歩きかたはゆったりと重々(おもおも)しく、目(まな)ざしは落ちついて集中していた。

 この時代では、[人々はあくせくと往来しないから、]小径(こみち)も隧道(きりどうし)もなく、沢には船も橋もなかった。万物は群生して人々の村里にまで連なり、鳥獣は群れをなし草木はのびのびと成長する。

 だから、鳥や獣も[人を恐れず、]つなぎとめていっしょに遊ぶことができ、鳥や鵲の巣も身近かにひきよせてのぞき見ることができた。



 さて、「彼(か)の民には、常性あり」と言っている筆者は、布を織ったり、畑を耕して作物を育てたことがあるだろうか? 草木に生っている実を取って食べることぐらいは直ぐにできるだろうが、布を織ったり、畑を耕して作物を得得たりすることは、実際に行なわれているところを見て、記憶し、考えなければできない。

 民が本来生まれつき持っているものとは、この、見て記憶し、考える力であろう。そうであれば、当然のこと、人々は、馬を鑑定するすることに巧みな伯楽や、優れた技術を持つ陶工や大工を尊ぶ。人が学び考える力を人為的なものとして排斥することは、人間の存在自体を否定することになる。

 確かに、人の学び考える力は科学技術を発展させ、地球の自然環境を破壊しつくし、何万人もの命を一瞬にして奪う核兵器まで作り出した。
 一方、人は、科学技術のあるべき姿や現状に対していかに行動すべきかを学び考えることもできる。


追申.

“誠一よ、カヤノよ、たとい最後の二人となっても、どんなののしりや暴力を受けても、きっぱりと「戦争絶対反対」を叫び続け、叫び通しておくれ! たとい卑怯者とさげすまされ、裏切者とたたかれても「戦争絶対反対」の叫びを守っておくれ!”

 73年前の今日(8月9日)、午前11時2分、長崎に原子爆弾が投下されました。冒頭の言葉は、自ら被爆しながら被爆者の治療を続けた医師の永井隆博士が自分の子どもたちに残した言葉です。

 安倍晋三首相は、「核兵器禁止条約」に参加しないことを問われると、「核兵器国と非核兵器国の橋渡しをするため」と答えているようだが、米国の「核の傘」に頼り、トランプ大統領が言うがまま兵器を買い、軍備増強に血道をあげている国の首相が言うことに、一体誰が耳を傾けるだろうか。
 これが答えとして通用するのは、安倍政権とその仲間たちのムラの中だけのことだ。

 さて、本文に「一にして党(とう)せず」とある。「党する」とは、その集団の意見に合わせて人為的に片寄ることの意であるが、安倍晋三首相の答えが通用するムラの住民は、余程、自分の考えがないか、私欲や権力欲に囚われているのだろう。そうであれば、右に倣うしかない。


墨汁一滴201808TA 荘子外篇 馬蹄篇 第9の1-(2/4) 吾意善治国天下者不然

ヨハネ第20章1-10 - 陽子

2018/08/06 (Mon) 08:12:35

  The Empty Tomb (Matthew 28.1-8)
1 Early on Sunday morning, while it was still dark, Mary Magdalene went to the tomb and saw that the stone had been taken away from the entrance.
2 She went running Simon Peter and the other disciple, whom Jesus loved, and told them, “They have taken the Lord from the tomb, and we don’t know where they have put him!”
3 Then Peter and the other disciple went to the tomb.
4 The two of them were running, but the other disciple ran faster than Peter and reached the tomb first.
5 He bent over and saw the linen cloths, but he did not go in.
6 Behind him came Simon Peter, and he went straight into the tomb. He saw the linen cloths lying there
7 and the cloth which had been around Jesus’ head. It was not lying with the linen cloths but was rolled up by itself.
8 Then the other disciple, who had reached the bomb first, also went in; he saw and believed.
9 (They still did not understand the scripture which said that he must rise from death.)
10 Then the disciples went back home.




 1945年8月6日午前8時15分 広島に原爆が投下されました。続いて、9日午前11時2分には、長崎です。1954年3月1日には、遠洋マグロ漁船第五福竜丸が、ビキニ環礁で行われた水爆実験の死の灰をあびています。
 私たちは何故未だもって核兵器をなくすことをできないでいるのでしょうか?


墨汁一滴201808TA 聖書拾い読み 復活する ヨハネ第20章1-10

**12月6日は特定秘密保護法の日 民主主義を破壊する秘密法の廃止を求めます**

Re: ヨハネ第20章1-10 - ひろおか

2018/08/06 (Mon) 18:42:11

 そうだねー、僕たちが、未だもって核兵器をなくすことをできないでいることに、恥ずかしさと共に怒りを感「じる。よく人は、「人の命は地球より重い」と言うが、核の抑止力」を言い「核兵器禁止条約」に署名しようとしない政治家を選び続けているのであれば、命が一番大切であるなどとは言えないはずだ。

 もしそのような政治家を選び続けているのであれば、結果として、自分が一番優先しているのは何なのかを考えて見るべきであろう。


 日本国憲法には、こうある。
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 さて、第2項に、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあるが、「核兵器禁止条約」に署名しようとしない政治家たちが言う「核の抑止力」が、第2項が言う「その他の戦力」にあたることは、小学生にでも分かる。

 第一次世界大戦後の1928年8月に「パリ不戦条約」が結ばれているのにかかわらず、第二次世界大戦が起き、その後も絶えることなく戦争が起きている。
 その理由が、「自衛の為の戦争」を禁止していないことにあることは、中学生や高校生ならば分かるはずだ。

 さて、大人は何と言って戦争を始めるだろうか?
 「自衛の為の戦争」程便利な言葉はない。かつて、「自衛の為」以外の理由で戦争を始めた国はあっただろうか? 「自衛の為」以外の理由で軍備の拡大を続けている国はあるだろうか? 「自衛」などという曖昧な言葉は限りなくその範囲を広げて行く。

 僕たちの国は憲法第9条を持つが、第2項が持つ意味を改めて考えてみるべきだと思う。
 季節は8月だ。それぐらいのことをするのは、戦争で命を奪われた人たちや、いまだに戦争が無くならない世界に生まれてくる新しい人たちへの礼儀であろう。


余滴201808TA Re:ヨハネ第20章1-10


**12月6日は特定秘密保護法の日 歴史を巻き戻す秘密法の廃止を求める**

万葉集64-65番 葦べゆく - しげとし

2018/08/03 (Fri) 11:40:50

  慶雲(きょううん)三年、難波(なにわ)ノ宮行幸の時の歌
64:
葦(あし)べゆく鴨の羽交(はがひ)に霜ふりて寒き夕は、大和し思ほゆ [志貴(しき)ノ皇子の御歌]

今夜は寒い夜だ。葦の茂っている海岸を泳いでいる、鴨の羽の合わせ目に、霜が降るというような冷たい晩だ。今夜は、大和のことが思い出されてならぬ。

65:
霰(あられ)打つあられ松原、住(すみ)ノ吉(え)の弟日(おとひ)をとめと、見れど飽かぬかも [長ノ皇子の御歌]

あられ松原の景色は、ひとり見ても面白い。それに、住吉の弟日おとめと一処であるから、いくら見ても飽かない心地がすることよ。



 さて、どうなのでしょう? この二つの歌が並んでいると、やはり、「大和し思ほゆ」などと詠っている志貴皇子を、長皇子がからかっているのでしょう。

 何の変哲もない景色を一人眺めていても楽しくはないよ。「霜が降る寒い夜は、大和のことが思われてならない」なんて言っているけど、さっきまで女の子いちゃついて、霰が降る音のようにはしゃいでいたのは、一体誰だろう?


 行幸したのは、文武天皇。「霰(あられ)打つ」は「安良礼松原(あられまつばら)の枕詞。


墨汁一滴201808TA 口訳万葉集64-65番 葦べゆく


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